TAマニュアル
最近は,学部や大学院教育を充実させる努力の一環として,ティーチングアシスタント(TA)を講義に配置する大学が増えてきました.とはいえ,TAに期待されている役割は大学や学部によってかなり差があると思われます.私が以前勤めていた国立大学ではTAが宿題の解説など,講義の補足をやっていました.早稲田大学政経学部では,TAは主に,出席や宿題提出状況の確認などの仕事を任されています.
ここで公開しているのは,私が前任校でTA制度を導入するときに作成したTAマニュアルです.アメリカの大学に勤める友人に頼んで,3つの大学のマニュアルを送ってもらい,それらを翻訳してまとめました.私が創作した部分は何一つありません(日本語が若干翻訳調なのは,そのせいです).残念ながら,今の早稲田大学政経学部のTAシステムではあまり活用できませんが,他学部や他大学では少しは役に立つかもしれないと思って,ホームページに載せることにしました.実際読んでみると,TAだけでなく,われわれ教師にも有益な情報が含まれていて,なるほどと思ったり反省したりすることが多いと思います.とくに就職の模擬講義を控えた助教や大学院生には役に立つかもしれません.
TA への一般的なアドバイス
- TA は大学院生の教育の極めて重要なパートの一つです.
- ただ単にお金のための仕事ではありません.大学院卒業後,どのような仕事に就くとしても,必ず経済学の概念を,経済学を知らない人に説明する機会があるはずです.その為のテクニックを学ぶ場として,TA は最適です.
- TA は教師です.学生ではありません.
- プロ意識を持て!
- TAはチームの一員です.教員はTAについてネガティブなコメントをすることはありませんし,TA もまた同じ礼儀をわきまえましょう.
- ごまかしは禁物です.
- いい加減な答えを教えたり,知ったかぶりをしたりするよりも,分からないことは分から ないと告白し,次回に答えると言った方が学生は喜びます.
- 教えるときに間違えたら,正直に間違えたと言えばいい.また,知らないことは知らないと言えばいい.
よりよい授業のために TA のやるべきこと:TA はチームの一員だ
- TA セッション
- 講義内容を補うことが基本.優秀な学生でも,講義内容のすべてが簡単というわけではない.重要な点や難しい点を復習させるようにする.
- 講義の内容を超えて教えようとしないこと.
- TAの仕事は,自分がよく知っているということを学生に知らしめることではない.学生が講義をよく理解できるように助けるのが仕事.
- 学生に必死で勉強するように仕向けること.
- 「この問題は君たちには難しすぎる」などと,学生のやる気をそぐようなことは言わない.
- オフィスアワー
- TAは毎週最低1時間はオフィスアワーを設けること.
- 講義への出席
- TAは必ず講義に出席すること.
- 教員とのコミュニケーション
- わからないことは何でも教員に聞きなさい.講義を改善できるような点に気づけば,遠慮せず,教員に個人的に(学生の前ではなく)進言しなさい.
- 宿題の評価基準を,第1回目の講義が始まる前に教員と相談してきちんと決める.
- 教員とは密に連絡をとる.例えば週に10分だけでも教員に会って,学生が,重要な概念を 理解できているか,宿題をきちんとやってきているかや,TA 自身の講義についての感想(たとえばペースが遅いとか速いとか)などを教員に報告する.
TA セッションのポイント
- TA セッションは講義ではありません.
- 学生は教員の講義でもうたくさん.TAセッションは学生に参加させて議論する場所です.
- ちょっとぐらいアガるのは普通.臆せずやりなさい.
- とにかく,準備,準備,準備!
- 何をどのように教えるか,ちゃんと計画すること.プレゼンの練習も怠らないこと.
- セッションの冒頭で,学生に今日は何を教えるかはっきりいうこと.内容のアウトラインを最初に板書するのも有効.
- 重要な点は何度でも強調せよ.
- 次の話へ移る前に,重要ポイントが浸透し学生が質問するだけの十分な時間を残すこと.
- 一定のペースでハッキリと話すこと.
- 正直が一番!
- 混乱したときや返答に窮したとき,「ごめん,ちょっと考えさせて」と堂々と言いなさい. この一言で,あなたの自信と責任の強さを学生に印象づけることができるし,間違った解答をすることを避けることもできる.そして,学生はあなたを信頼するようになる.
- 教え方に決まりはない.
- TAはそれぞれ自分の教え方を持っていてよい.
- 自分にとってあまり得意でないやり方で教える必要はない.学生の理解の仕方も様々.図やグラフを見てよく分かる人もいれば,数式の方がよく分かる人もいる.例やアナロジー が有益な人もいるので,オフィスアワーではいろいろな方法で教えてあげることができれ ば望ましい.
TA セッションの進め方
- 最初の回にするべきこと
- まず自己紹介.それから自分の所属している研究室,オフィスアワーの時間帯を学生に伝える.
- 宿題の評価基準,遅れて提出された宿題の扱い方などを学生達に説明する.
- 学生の勉強意欲を鼓舞する.特に,なぜこの講義が重要なのかをよく説明すること.例えば,この講義で学習することが後でどのように重要になるか説明する.
- 学生の名前について
- 学生の名前をちゃんと覚えて,それを使う.
- 名前を覚えてもらえれば,学生達も喜ぶし,TAセッションもより上手くやっていける.
- 時間厳守
- 定刻に開始し定刻に終了せよ.
- TAセッションが早く終わるのは一向に構わない.学生は大喜びするはず.またそうすれば,次にTA セッションが延びたときでも学生は付き合ってくれるでしょう.
- TA セッションの内容(例)
- 必要に応じて,講義内容に即した短時間のフォローアップレクチャーを行う.
- 授業で提示された概念について議論する.
- 宿題を解説し,生徒の質問に答える.
- 次回の宿題のヒントなどを示してやる.
- 試験前に復習セッションをする.
- 学生を積極的に参加させるにはどうすればよいか
- とにかく学生に質問することが大切.質問に対する答えを待っている間の沈黙を恐れては ならない.TA が自分で出した質問に自分ですぐに答えてしまわないように.長く気まずい沈黙にも耐えなさい.沈黙が長くて気まずくなれば,学生はいやでも参加するようになる.
- 一部の学生にだけ答えさせるようなことはしないこと.TAの1つの質問に対して複数の学生が答えたり,議論したりするようなパターンが望ましい.
- 黒板(ボード)の使い方
- 教室に入ったらまず,ボード全体を綺麗に拭くこと.これによって前の授業の残骸を全て取り除くだけではなく,TAセッションの開始を学生達に知らせることができる.
- ボードには,大きなハッキリとした字で書きなさい.全員に書き写すだけの十分な時間的余裕を与えなさい.
- 板書があちこちにジャンプしないよう気をつけなさい.板書はボードの左上から始めて,整然と書き,右下へと書き進めていく.
- 板書したボードの前に立たないこと.
- ボードにではなく,生徒に向かって話すこと.話すときは目をあわすことが肝心.
- 板書しながら話す場合は,大きな声で学生によく聞こえるように話すこと.
- 重要な定義や数式,あるいはグラフを描くときは,はっきりと書き,学生が理解するための十分な時間を取ること.
- 教えるべきテーマが1つ終わったら,ボードを消すこと.それにより学生は気持ちを切り替えて次のテーマへ移ることができる.
- 学生のための試験対策
- 試験前には学生に勉強の要点のリストを作ってあげなさい. 教員よりもTAの方が案外,学生がどのような点を間違いやすいのか,よく知っていることがある.
- 教員が宿題や試験問題を作る場合,TAはその作成を手伝ったり,最低限それを校正したりすること.
- TA評価
- 講義の最終週にTAはTA評価用紙を学生に配布する.
- TA評価用紙に学生はTAへのコメントを書き,評点をつける.
- その他
- TAセッションのやり方がこれで良いかどうか,学生に時々聞いてみて,話し合うこと.
- 学生からの批判にもよく耳を傾けなさい.